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奈良地方裁判所 昭和55年(ヨ)108号 決定 1980年10月06日

債権者

北野敦子

右代理人弁護士

佐藤真理

右同

吉田恒俊

債務者

医療法人和幸会

右代表者理事

栗岡博良

債務者

阪奈中央病院附属准看護学校

右校長

小島秋

主文

一  債権者が債務者医療法人和幸会の開設する阪奈中央病院の従業員たる地位を有することを仮に定める。

二  債務者両名は、債権者が阪奈中央病院附属准看護学校において就学することを妨害してはならない。

三  債務者医療法人和幸会は、債権者に対し、昭和五五年一〇月一〇日までに金二二万四三三二円を、同年一〇月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り一か月金八万八三三三円をそれぞれ仮に支払え。

四  申請費用は債務者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文第一、第二及び第四項と同旨の裁判並びに「債務者医療法人和幸会は、債権者に対し、昭和五五年七月二八日に金四万七六六六円を、同年八月以降本案判決確定に至るまで毎月二八日限り金八万八三三三円を仮に支払え。」との裁判

二  債務者らの答弁

1  債権者の申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  債権者の申請の理由

1  債務者医療法人和幸会は、病院及び准看護婦養成所の運営を通じ、社会福祉に寄与することを目的として設立された医療法人であり、頭書肩書地(略)に医療法人和幸会阪奈中央病院(以下「阪奈中央病院」という。)及び学校教育法の専修学校である債務者・阪奈中央病院附属准看護学校(以下「准看護学校」という。)等を開設しているもの、債権者は、昭和五五年二月一一日、阪奈中央病院の看護婦見習として採用され、同病院の従業員として稼働するかたわら、同年四月一日から准看護学校に入学し、一年に在籍して同校において就学してきたものである。

2  債権者は、昭和五五年六月一二日、阪奈中央病院の河合婦長、富田事務局次長から突然同病院への出勤停止をほのめかされ、このため債権者の父親が同次長と話し合いを行なうなどしたが、結局同月一六日には同次長から解雇通知書及び解雇予告手当と称する金員を一方的に差置かれ、また同月一三日、准看護学校の平井教務主任らから、今後は同校の授業に出席しないよう指示され、同月一七日からは現実に同校への登校を阻止されるに至った。また、阪奈中央病院の寮から立退くよう求められている。

3  本件解雇通知書には、「貴殿は当院の勤務に適合しないものと認められ、判断いたしますので解雇することに決定しました。従って一か月分の予告手当をそえて解雇します。」と記載されるのみで、解雇の具体的根拠を何ら示していないところ、債権者やその父親と債務者らの話し合いの経過の中では、

<1> 債権者の化粧が濃い。

<2> 悩みごとがあるようで仕事に集中しない。

<3> 債権者が看護婦にはむいていないように思う。

<4> 無断欠勤があった。

<5> 寮の友人とスナックに飲みに行き、深夜に戻ってきた。

等を債務者らが指摘しており、これらの事由を根拠として本件解雇及び就学の阻止がなされたものと推認される。

ところで右各事由のうち、無断欠勤があったことは事実であるが、それすらも回数はわずか二回であり、事前の届出・連絡を欠いたのは、生理痛等の理由により、寮外の電話設備(寮には、電話の設置がない。)に赴くことすらできない苦痛があった結果にすぎない。その他の事由は、事実無根か、解雇の理由として全く正当性をもたないものであり、結局、本件解雇は債務者の著しい解雇権の濫用によるものであって無効というべきである。

4  債権者は、債務者医療法人和幸会からの賃金により生計を維持し、昭和五五年三月から同年五月まで平均月八万八三三三円の賃金を支給されてきた。また将来看護婦となることを目ざして債務者准看護学校において勉学に勤んできたものであり、本件解雇により右生計の資を奪われかつ就学の機会を失うことは同人の将来にも甚大な影響を被るため、本件解雇の無効を理由として本案訴訟の提起を準備中である。

よって、右本案判決の確定に至るまで、申請の趣旨記載の各仮処分命令を求める。

二  申請の理由に対する債務者らの認否

1  申請の理由1の事実のうち、債権者が昭和五五年四月一日債務者准看護学校に入学したこと、一年に在籍していたことは否認する。

その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、本件解雇通知書の記載内容が債権者主張のものであったこと、話し合いの中で債務者らが<1>ないし<5>の各事項をあげていたことは各認める。本件解雇の事由としたのは、右のうち、無断欠勤だけである。債権者の無断欠勤が二日にすぎないことは否認する。その余の主張は争う。

三  債務者らの主張

1  解雇の正当性について

本件解雇には、以下のとおり、正当な事由がある。

(一) 出勤簿の改ざん・不正記入等

病院の出勤簿は、タイムレコーダーにより、各従業員が自ら機械記入することとされているところ、債権者の出勤簿(タイムカード)には、左記のような数多くの不正、不実の記載がなされている。

<1> 遅刻をごまかす等の目的で、機械を使用することなく自ら手書記入し、右手書記入につき必要とされる所定の承認を得なかったもの(四月分一回、五月分五回)

<2> 機械記入したものを改ざんしたもの(四月分一回)

<3> 欠勤日、公休日に出勤したものとして、内容不実の記入があるもの(五月分二回、六月分三回)

<4> 全く記入を欠くもの(四月分一回、五月分二回)

出勤簿は、給料算定の基礎となるものであるから、正規の手続に則り、かつ真実の内容を記入すべきことが就業規則以前の社会的ルールとして確立されているのに、債権者は、頻繁に、前記のような記入をなし、経理課長から発見されるたびに、河合婦長、富田事務局次長らから再三注意をうけている。しかるにその後も右態度が改たまらなかったものであり、右行為は、賃金を不正に利得する意思に出たものと判断されてもやむを得ない悪質なものである。

(二) 無断欠勤・遅刻による看護業務の支障

阪奈中央病院の就業規則一九条(2)によれば、正当な理由なく、年間欠勤日数が一四日に及ぶと右一事で解雇される旨定められているところ、債権者は昭和五五年二月から同年六月までのわずか四か月間に、欠勤日数八日を数え、しかも、事後に届を出したものも含め、そのすべてが無断欠勤である。また前記不正な手書記入がなされたものは、すべて遅刻によるものであるなど、出勤時間を厳守しない態度が見うけられる。そのうえ右事実を隠蔽するために前記のようにタイムカードに改ざん・不正・不実記入などを行なってきた。

病院の業務は患者の健康管理のため万全を尽くすべきことが要求されている医療業務であり、このため病院は従業員に対し計画的な労務管理を行なってきているが、債権者のように、頻繁に、かつ無断で欠勤・遅刻等を行う者があると勤務予定にくるいが生じ、ひいては病院業務の円滑な遂行に支障をきたすこととなる。債権者は婦長らからの無断欠勤等に対する厳重な注意にもかかわらず、態度が改まらなかった。

以上の二点を理由に、債権者の態度は就業規則三九条(5)の9に該当するものと判断され、本来懲戒解雇に処すべきところ、同人の将来をも考慮し、解雇通知書には敢えて具体的事由を記載せず、また労働基準法の予告手当を添えて本件解雇に及んだものである。よって本件解雇は正当な事由に基づくものであって有効であることもち論である。

2  就学妨害禁止を求める申請について

債権者は、准看護学校の入学試験に不合格となった者であり、元来同校の生徒たる地位になかったものである。同人が同校で授業を受けていたのは看護婦見習として医療業務に従事する必要上、病院からの要請により同人の便宜を使(ママ)って事実上聴講を認めていたにすぎぬものであり、本件解雇により、右聴講許可も自動的に失効した。

従って、債権者には、就学妨害禁止を求める被保全権利はなく、債権者の右申請は却下を免れない。

四  右債務者らの主張に対する債権者の認否

1  債務者らの主張1(一)の事実は否認する。債権者において不正・不実の記載をした事実はなく、タイムカードの記入について病院側から注意をうけた事実は一度もない。

同(二)の事実も否認する。債務者において債権者の欠勤ゆえに看護業務に支障をきたしているとすれば、看護婦等の人員不足等、債務者が病院としての使命を果すに十分な体制を整えていないことに帰因するものである。

2  同2の事実のうち、債権者が准看護学校の入試に不合格となったことは認めるが、試験に合格した生徒と全く同一の取扱いを受けていたものであり、就学妨害を求める被保全権利の存することはいうまでもない。

理由

第一従業員としての仮の地位を定める申請について

申請人が昭和五五年二月一一日阪奈中央病院の看護婦見習として採用され、同病院において稼働してきたことは当事者間に争いがない。

そこで、本件解雇事由とされた事実の存否及びこれによる本件解雇の正当性につき検討する。

一  タイムカードの不正・不実記入について

疎明によれば、債権者はしばしばタイムカードの出勤時刻を手書記入し、右手書記入につき事後的に必要とされていた婦長の承認印を一度も得てはいないこと、婦長作成の月勤務予定表(<証拠略>)に予定された予定勤務体系と異なる時刻に出勤・退出し、あるいは同表上「欠」と記載された日(欠勤日の表示と考えられる。)に出勤しているかのタイムカード記入が時折なされていること、その中には一方では欠勤届を提出し、欠勤につき承諾を得たことが明らかなものもあることなどの各事実を認めることができる。

右事実によれば、債権者のタイムカード記入はきわめて杜撰であり、また債務者主張のような不実の記入がなされた形跡も認められないではない。

一方、右のような債権者の行為につき債務者側が再三注意を与えていたかについてはこれを認めるに足る疎明はない。かえって(証拠略)の如く、准看護学校における規則違反の行為につき、始末書が提出されていることと対比すると、より重大な事実と考えられるタイムカードの不実記入行為につき、一片の始末書も提出されていないことが認められ、右事実からすれば、債務者側において債権者に対し、明確な形で右行為につき注意を与え、また、さらに右行為が繰り返された際には始末書の提出を求めるというように、本来履践さるべき段階を踏んだ注意喚起が行なわれてはいなかった事実を推認することができる。(前述の如く、欠勤日に出勤しているかのタイムカード記入がなされたのち、欠勤届を提出させていることからすれば、債務者側の意識としては、右欠勤届の提出をもって、タイムカード記入に対する始末書類似の文書の提出と同様の効果があるものと観念していたとしても無理からぬところもあるが、右届はあくまで欠勤に対する届出であるから、前記不実記入を解雇事由として主張する雇用者としては、少くとも前記のような段階を履践した注意・警告方法をとってしかるべきであったし、これを行ったと主張する際には、これを証しうるだけの資料を確保しておくことが要請されるものと考えられる。)

二  無断欠勤・遅刻等について

前掲月勤務予定表によれば、債権者の欠勤日数は通算して九日となることが認められるが、そのうちには六月一二日(疎明によれば、当日は、債権者が婦長から勤務につくことを拒まれたことが認められる。)の如く、出勤しようとしたことが明らかなものも含まれており、右予定表上「欠」と表示され、本来出勤を要する日とされているものについて、当該日が公休日であると債権者が意識しているものもあること、また勤務状況につき、全く記載を欠く期間(五月二五日ころから六月一四日ころまで)も存することなど、右予定表の記載に全面的信頼を置けるかについては若干の疑問が残るといわなければならない。また、遅刻についても、現実に債権者が何日にどれだけ遅れて出勤したかについては、直接これを疎明する資料はない。また、一応欠勤として主張される日のうち、事後に届出がなされたことが明らかな三日を除き、他の欠勤日について、それにつき届出がなされたものか否か、右欠勤の理由が果して何であり、正当な理由を欠くものであるかどうかは不明というほかはない。

ところで前記届出のなされている三日分は、いずれもその記載によれば、生理痛・腹痛といった債権者の疾病を理由としており、右理由自体からは正当な理由を欠くものとは考えられないから、結局、最大限債務者らの主張を容れても無断欠勤でかつ右欠勤につき理由がないものは五日ということになる。

三  右事実を理由とする解雇の正当性について

まず、欠勤・遅刻等に関しては、就業規則上、事前又は事後の届出を行なうこと及びこれらの事由の多い者に対しては減給措置がとられることがあることの各定めがあるに止まり(二四、二五条)、年間一四日以上の理由なき欠勤に至らぬものについては、右減給の他、何らの制裁を課しえないものと解される。(このほか、三八条の懲戒にあたりうる場合もあろうが、本件では右規定は全く根拠とされていないから問題外である。)

また一九条(2)の右一四日の欠勤についても、その規定は従業員たる身分を失わせる規定であるから、軽々しく認定・解釈することは許されないものというべきであり、例えば年間許容日数一四日を、労働者の稼働月数割で算出し、右を前提とすれば年間一四日を超えうる、とするような思考方法は論外といわなければならない。結局仮に債権者の欠勤日数が債務者主張のとおりであったとしても、右一事をもってしては正当な解雇の理由とはならない。

次に、右事実と、前記不実記入の事実を総合的に考慮した際、これが正当な解雇事由となりうるかどうかにつき判断する。

確かに、タイムカードの不実記入は、社会的ルールに反し、悪意に解釈すれば債務者主張のように給料の不正入手を図るものと考える余地があるほか、行為者に対する信頼を損う事由となりうるものである。しかしながら、債権者は、その年令・社会経験等からして未だ精神的に十分な発達を遂げている者とは考えられないのであるから、このような者を雇用する側としては、ある程度の寛容をもって被用者の指導にあたるべきことが期待され、懲戒を行うについても、就業規則に定めるもののうち、譴責から減給へ、減給から出勤停止へと軽度のものからより高度のものへ、段階を踏んで右権利を行使する配慮が要請されるものというべきところ、右不実記入につき、債権者に対しては未だ正規の譴責段階も履践されていないこと前記のとおりであるから、右事由を解雇の段になって主張すること自体、過酷にすぎるものと判断される。

よって、本件解雇は、解雇権の濫用であり、無効と判断される余地も多分に存するから、本案判決の確定に至るまで、従業員としての地位を仮に定めることを求める債権者の申請には理由がある。

第二賃金の仮払を求める申請について

疎明によれば、債権者は昭和五五年三月から五月まで、平均八万八三三三円の収入を得てきたこと、従業員としての地位が存続することにより、将来に亘って一か月あたり右と約同額の賃金を受け得たであろうこと、しかるに本件解雇により、六月一六日に六月分の賃金五万四〇〇〇円と七月分の解雇予告手当七万五〇〇〇円を各支給されたのみで、その後の支給を受けていないことの各事実を認めることができる。

そうして、債権者は、従業員たる地位が仮に定められたこと前記のとおりであるから、昭和五五年六月分から九月分までの合計二二万四三三二円(ただし、本来受け得べきであった六ないし九月分の合計額から、既払の一二万九〇〇〇円を控除した額)及び同年一〇月以降本案判決の確定に至るまで、一か月前記八万八三三三円の支給を、各月給料日である毎月二八日限り支給されるべき権利がある。

よって債権者の申請には理由がある。

第三就学妨害禁止を求める申請について

当事者間に争いのない事実と、疎明により認められる事実を総合すると、債権者は准看護学校の入学試験に合格してはいなかったものの、事実上、准看護学校での聴講が許され、またそのための手当も毎月支給されるなど、通常の学生と同一の取扱いを受けていたことを認めることができる。

ところで、債務者は、債権者に学生としての地位が元来なかったことをもって、本件就学妨害禁止の申請には被保全権利がないものと主張するが、債権者の求める裁判は、学生としての地位の仮の確定にまで及ぶものではなく、右地位の存否如何にかかわらず認められていた聴講の機会を確保することに向けられているものというべきところ、右事実上の利益は、看護婦見習としての地位に伴い、慣習的に認められてきたものではあるが、これに対する債権者の期待と、右が打切られることによって蒙る同人の将来に亘る不利益等をも勘案するときは、一応保全に値する権利とも観念することができ、被保全権利としての適格を有するものと考えられる。

そうして債権者の享受してきた右利益は、本件解雇によって打切られたものであることは当事者間に争いがないから、前記のように、本件解雇に理由がないとの判断の下では、右利益も当然に復活されるべきことが明らかである。

そうすると債権者の申請には理由がある。

なお、厳密な法的観点からすれば、債務者准看護学校は、債務者医療法人和幸会の一構成分肢にすぎぬものであり、法的人格を持たぬものと認められるから、債務者医療法人和幸会とは別個独立に、右就学妨害禁止等の仮処分債務者となりうるか否かは若干の疑念が残るところであるが、同校は一応専修学校として一定の教育目的に貫かれた独自の活動を行なっており、代表者としての校長も定められているから、民訴法四六条を準用して、同債務者に対しても本命令を発することとする。

第四結語

以上により、債権者の申請には理由があるからこれを認容し、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 三代川俊一郎)

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